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28一人ひとり違う聖書①


ときおり、聖書に書いてある解釈に対して個人的な見解の違いを議論し、正しいのはどちらだと論争する人がいるのですが、それは本当に必要なことなのでしょうか。わたしたちが聖書を読んで理解しようと思うと、心の窓を開いて読まなければいけません。わたしたちは聖書のことばを心の鏡に映してしか見ることができないのです。ところが、鏡の周りは深い霧に覆われ、鏡は曇り、しかも歪んでいるのです。こんな鏡を通してみていては、とても正しく知ることはできません。信仰が深くなるにつれて、心の霧は少しずつ晴れていくようです。気づきを分かち合うことによって鏡の曇りを消していくことができます。行動することによって鏡の歪みを直していくことができます。でも、どう頑張っても、イエスさまの心の鏡にはかないそうもありません。「わたしはその履物のひもを解く資格もない」と言ったヨハネの足下にすら遠く及ばないのです。だからと言って、鏡を磨くことを止めるわけにはいきません。正しく見えていないものを互いに批判し合うのではなく、心の中にある鏡のひずみを直し、曇りを消し、霧を晴らしていく仕事を一生涯続けなければなりません。
<つづく>

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