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27理解できない聖書②


人間の頭はたくさんのことを一度に処理できないようになっていることをいつも思い知らされます。普通の本ならそんなことをしなくても順に言葉を拾っていけば、頭の中に全体をイメージして理解して行けるのに、聖書だけはそういう訳に行かないのです。不思議なことですが、言葉を順に拾っていくだけでは理解できないのです。
全く理解できなかった最初のころと、今と何が違うのだろうと考えてみたとき、以前は頭で読み、論理的に考えていましたが、今は心で読み心で判断しようとしています。以前は神さまの業をどうしたら実現できるかと考えたのですが、今は神さまが今行っているわざはどんなわざなのだろうか知ろうとしています。以前は細かな文字の違いが気になったのですが、今はどのように書いてあっても、イメージで理解しようとしています。それにもまして、一番違うのは神さまの存在を信じ、神さまが人間に働きかけていることを認めていることでしょうか。物理的な事象を大事にし、信じられない現象は、起こり得ないと思っていたのですが、神さまのわざとして認めることができるようになったころから、聖書に書かれていることが少しずつ意味を成し始めたような気がします。単に出来事として文章を追っていくと、まったく面白くないし、まったく理解できません。しかし、神さまがそこにいると思って読むと、そこに神さまがおられるように見えてきます。神さまは人間を愛していると思って読むと、神さまが愛した人間の姿が見えてきます。ほんのちょっとした気持ちの違いでこうも理解が違うものかと思うのですが、視点が変わったことによって、聖書は興味深い読み物に変わったような気がします。
<第27話終わり>

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