FC2ブログ

22自分を知る①


聖書を読む理由はいくつもあります。人を理解する、特に人の痛みを理解することを考えて読むことができます。ただ、その時に人を理解することを通して自分を理解するということもまた大事なことなのではないかと思うのです。人の心の中は複雑で、どんなにたくさんの人がいたとしても、同じ心を持つ人間はいません。そして、その心を持っている自分自身が自分の心の中を自分で理解しているかと言うとそういうわけでもないのです。人の感情を自分の心に映しだすという訓練と、自分の感情を表すという訓練を積まないと自分の心の中は自分自身にもわからないようです。
自分の心の中であっても、自分に見えていない部分があります。他人から見えている自分の姿もまた、その人に見えていない部分があります。相手しか知らない自分も自分自身であり、自分しか知らない自分も自分自身なのです。そして、自分も、相手も知らない自分自身もいるのです。
<つづく>

よかったらこちらにもお寄りください
yahooブログ「いちじくの木の下で」

にほんブログ村 聖書・聖句

スポンサーサイト



コメントの投稿

非公開コメント