FC2ブログ

2聖書を理解する④



人の意見であっても時折、共感することができます。
時間をかけて作り上げてきた自分の姿の一部分が同じであることがあるのです。
そのとき、同じ考え方を持っている人がいるのだと考え共感が起こります。
今まで空白だった部分に誰かの考え方がきれいに当てはまった時、「ああ、そうか」と思うのです。
出来上ったものをいくら読んで自分のものにしようと思っても自分のものにはならないのです。
自分の姿として調和しているものを受け入れ、調和していないものを掃出し、
空白部分をまた別のものから探すという作業を延々と続けなければなりません。
そして出来上がった姿は、意外かもしれませんが、自分自身の姿なのです。
こには自分自身の罪や、悩みや、喜び、悲しみが詰められているはずです。
<第2話おわり>


よかったらこちらにもお寄りください
yahooブログ「いちじくの木の下で」

にほんブログ村 聖書・聖句


スポンサーサイト



コメントの投稿

非公開コメント