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Gitanjali16-4

第16編

わたしは この世界の祭りへ 招かれました。
そこで わたしの人生は祝福を受けました。
わたしはこの眼で見、この耳で聞いたのです。
祭りで 楽器を奏でることが わたしの役目でした。
わたしはできる限りのことを やりました。
さあ、わたしはあなたに尋ねてみます。
中に入って、御顔を仰ぎ、沈黙の礼拝を 捧げる時が 来たのでしょうか。
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Gitanjali16-3

16-3 Now, I ask, has the time come at last when I may go in and see thy face and offer thee my silent salutation?

今回望んだ形ではありませんでしたが、「あなた」に会えるような気がしました。
「わたし」が「あなた」に会うことが許される時が来たのでしょうか。
「わたし」は「あなた」に会うことができるのでしょうか。
わたしはあなたの礼拝所に入り、「あなた」のために礼拝を捧げることができるようになったということなのでしょうか。
「わたし」は礼拝に参加できるようになり、「あなた」の御前に立つことができるようになりました。
その喜びに満ち溢れています。

試訳
とうとうわたしに時がやって来たのでしょうか。
わたしは中に入り、「あなた」と顔を合わせて、沈黙の礼拝を捧げる時がきたのでしょうか。

Gitanjali16-2

16-2 It was my part at this feast to play upon my instrument, and I have done all I could.

「わたし」が望んでいた形ではなかったかもしれませんが、この中のどこかに「あなた」がおられるような気がしました。
「わたし」がずっと望んでいた「あなた」の御前で音楽を奏でること、それが実現できたのです。
本当は「あなた」のために用意した歌を歌いたかったのかもしれませんが、
「あなた」の前に立ち楽器を演奏できることは喜びなのです。
そして、わたしにできる限りのことをやりました。

試訳
この祭りでの「わたし」の役割は、楽器を演奏することでした。
そしてできる限りのことをやりました。

Gitanjali16-1

16-1 I have had my invitation to this world's festival, and thus my life has been blessed.
My eyes have seen and my ears have heard.

「わたし」は祭りに招かれたというのですが、祭りとはいったい何なのでしょう。
礼拝のことなのでしょうか。
礼拝の場で神なる主に出会い、神に憧れる「わたし」に喜びが与えられます。
そこで、「わたし」の人生は祝福され、生きる力が与えられるのです。
そんな場をずっと期待していたのでしょう。
しかしそれは礼拝ではなく、定期市の中で開かれるイベントだったようです。
その祭りを「わたし」はこの目で見、この耳で聞いて体験したのです。
でも「わたし」はその中におられる「あなた」に会えるような気がしました。

試訳
「わたし」はこの世界の祭りに招かれました。そこで、「わたし」の人生は祝福されたのです。
「わたし」はこの目で見ました。この耳で聞いたのです。

Gitanjali15-3

第15篇です。

あなたに歌を歌うために わたしはここにやってきました。
ここにはわたしの席があります。
あなたの世界には わたしがすべき仕事はありません。
役に立たないわたしの命が 目的もなく音を鳴らします。
真夜中の暗い寺院で 沈黙の礼拝のための鐘が鳴る時、
わが主よ 御前で立って歌えと命じて下さい。
朝の澄み切った空気に黄金色の堅琴の澄んだ音が響きます。
わたしに命じて、栄誉を与えて下さい。

Gitanjali15-2

When the hour strikes for thy silent worship at the dark temple of midnight, command me, my master, to stand before thee to sing.
「わたし」は真夜中の暗い寺院で座っています。礼拝の時を待っているのです。沈黙の礼拝のための 鐘が鳴る時、御前で歌うことを命じて欲しいのです。

When in the morning air the golden harp is tuned, honour me, commanding my presence.
朝の澄み切った空気に黄金色の堅琴の澄んだ音が響きます。このような爽やかな朝に「わたし」は「あなた」のために歌いたいのです。わたしに命じて、栄誉を与えて下さい。

試訳
真夜中の暗い寺院で 沈黙の礼拝のための鐘が鳴る時、
わが主よ 御前で立って歌えと命じて下さい。
朝の澄み切った空気に黄金色の堅琴の澄んだ音が響きます。
わたしに命じて、栄誉を与えて下さい。

Gitanjali15-1

I am here to sing thee songs. In this hall of thine I have a corner seat.
 「わたし」が今ここにいるのは「あなた」に歌を歌うためなのです。このホールには「わたし」の席も用意されています。

In thy world I have no work to do; my useless life can only break out in tunes without a purpose.
「あなた」の世界で、わたしがすべき仕事がないと嘆いています。「あなた」のそばで歌を歌いたいのですが、「あなた」は「わたし」の歌を必要としていないのです。「あなた」に頂いた「わたし」の命がお役に立てる場がいただけないのです。それでも「わたし」は歌います。目的もなく歌う声が空しく響きます。

試訳
あなたに歌を歌うために わたしはここにやってきました。
ここにはわたしの席があります。
あなたの世界には わたしがすべき仕事はありません。
役に立たないわたしの命が 目的もなく音を鳴らします。

Gitanjali14-5

第14篇です。

わたしの欲望はきりが無く、制御できない自分自身を見て、わたしは惨めに泣き叫びます。
そんなわたしを あなたはいつも 強く拒否することで、救い出して下さる。
あなたの大きい憐れみが わたしの命に働きかけたのです。
この空と光、肉体と命、そして心は、
望まなくても与えてくださる、シンプルで偉大な賜物なのです。
日に日に わたしをこの賜物にふさわしいものへと作り替え、
過度の欲望の危険から 救い出してくださいます。
わたしは時に物憂げに佇んでいたかと思うと、突然起き上がり、
慌てて目標を探しだすようなことがあります。
しかしそんな時、あなたは残酷にもわたしの目の前からいなくなってしまいます。
日毎、弱々しく不確かな願いを拒絶することで、あなたはわたしを危機から救い出してくださいます。
それは、あなたが完全に受け入れることができるようになるためなのです。

Gitanjali14-4

Day by day thou art making me worthy of thy full acceptance by refusing me ever and anon, saving me from perils of weak, uncertain desire.
わたしの願いは弱々しく、あやふやなものなのです。
状況次第で変わってしまうようなものなのです。
昨日願ったかと思えば、今日はその取り消しを願ってしまいます。
日毎あなたは、そんな弱々しく、あやふやな願いの危機から救い出してくださいます。
「わたし」は境界線の付近で行ったり来たりして前に進めずにいるのです。
そんな「わたし」のあやふやな願いを拒絶することで、「あなた」は救い出してくださるのです。
さまよっている不確かな願いの周辺に答えはなく、普遍なものはもっと別の場所にあることを教えて下さっているのです。
「あなた」が完全に「わたし」を受け入れることができるようにするためには、「わたし」が普遍なものを探すようにならなければならなかったのです。

試訳
しかしそんな時、あなたは残酷にもわたしの目の前からいなくなってしまいます。
日毎、弱々しく不確かな願いを拒絶することで、あなたはわたしを危機から救い出してくださいます。
それは、あなたが完全に受け入れることができるようになるためなのです。

Gitanjali14-3

There are times when I languidly linger and times when I awaken and hurry in search of my goal; but cruelly thou hidest thyself from before me.
わたしは物憂げに佇んでいることがあるかと思うと、ガバッと起き上がったかと思うと慌てて目標を探しだすこともあります。しかし、そんな時、あなたは残酷にもわたしを見捨ててしまい、目の前から消え去ってしまいます。

試訳
わたしは時に物憂げに佇んでいたかと思うと、突然起き上がり、
慌てて目標を探しだすようなことがあります。