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Gitanjali 4-2

I shall ever try to keep all untruths out from my thoughts,
knowing that thou art that truth which has kindled the light of reason in my mind.

自分を清く保つことを決意した「わたし」は
「わたし」の思いから 真実でないものは すべて退けましょう。
と、決意を表明します。

reasonは理性ととらえてみました。
あなたは 私の心に 理性の光を灯す真実であることを知ったのですから。

試訳
わたしの想いの中に真実ではないものがあるなら、それをすべて退けてしまいましょう。
あなたは、わたしの心に、理性の光を灯す真実そのものであるということを知ったのですから。
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Gitanjali 4-1

4篇です。
Life of my life, I shall ever try to keep my body pure, knowing that thy living touch is upon all my limbs.

「Life of my life」ってどう訳したらいいのでしょう。
「命の命」?。「人生の人生」?でしょうか?これではどうも意味が分かりません。
ひとまず置いといて、先に進みましょう。

後に続く箇所は
わたしはわたしの体をいつもきれいに保っておくことにしましょう
あなたの生命が 私の手先から足先にいたるまで 触れていることを知ったのですから。
というような意味になるのでしょうか。

そうであれば、「Life」 は「命」を意味していそうです。
「わたし」の生命の中に宿る、「あなた」が与えてくださる命を意味しているのではないでしょうか。

試訳
わたしの生命の中に、あなたが吹き込んでくださる生命
その生命を保つために、わたしは体をいつもきれいに保っておくことにしましょう。
あなたの生命が、わたしの手先から足先に至るまで
いたるところに触れていることを知ったのですから。

Gitanjali 3-9

さて、3篇を通してみてみると、どんな感じになったでしょうか

おお主よ、私はあなたの歌声を聴いたことがありません。
あなたの歌声を聴くために、
私は いつも息をひそめて 耳を傾けています。

あなたの奏でる音楽の光は、人々の希望となって、この世を照らします。
あなたの音楽の息吹は、爽やかな風となり 空から空へと駆け抜けていきます。
あなたの音楽の 聖なる調べは荘厳で、どんな障害をも力強く乗り越えて流れてゆきます。

わたしの心はあなたとともに歌いたいと熱望しています。
しかし、声を出そうとどれだけ努力しても、どれだけ苦悶しても声が出ないのです。

わたしは歌にならないまでも言葉を発しようとしましたが、
なんとか発した言葉が歌になることはありませんでした。
わたしは思うようにならない自分に困惑して叫びます。

あぁ、我が主よ。
あなたの奏でる音楽は無限の網のようで、
わたしの心を虜にして離しません。

Gitanjali 3-8

Ah, thou hast made my heart captive in the endless meshes of thy music, my master!

「あぁ」と感嘆詞で始まりました。落胆でしょうか、切なる願いを述べようとしているのでしょうか。
それとも心情を吐露するための勇気を振り絞ろうとしているのでしょうか。
「わたし」は「わが主よ」と主に願います。
「あなたはわたしの心をとりこにします。」と「わたし」の気持ちを吐露します。
「あなたの音楽の無限の網」という不思議な表現が注意を引きます。
「わたし」の心を捕らえるのは神なる主である「あなた」の音楽なのですが、それを網でたとえます。
それは逃れようもない大きな網で、創造主である神がすべての人類を捕らえることができるほど大きな網に思えたのでしょう。
マタイによる福音書4章19節にこんなみことばがあります。
イエスは「わたしについて来なさい。人間を取る漁師にしよう」と言われた。
人間を捕えるのも網が必要です。しかし、物理的な網では人間は捕まりません。
心を網で捕えるのです。
このフレーズからそんなことが連想できます。

試訳
あぁ、我が主よ。
あなたの奏でる音楽は無限の網のようで、
わたしの心を虜にして離しません。

Gitanjali 3-7

I would speak, but speech breaks not into song, and I cry out baffled.

「わたし」は、歌にならないまでも言葉を発しようしますが、なんとか発した言葉はとうてい歌にはなりません。
うれしさが高じて歌えなくなってしまったのでしょうか
それとも、神なる主と声を合わさなくてはならないと思い、
緊張したのでしょうか。
身体は自分の思うようになりません。
歌えないなら言葉を発しようとした思いと、言葉が歌にならない苛立ちは矛盾とも思える感情です。
「わたし」は混乱状態にあったのかも知れません。
ついに「わたし」はいらだちがつのり、叫びだしてしまう始末です。

試訳
わたしは歌にならないまでも言葉を発しようとしましたが、
なんとか発した言葉が歌になることはありませんでした。
わたしは思うようにならない自分に困惑して叫びます。

Gitanjali 3-6

My heart longs to join in thy song, but vainly struggles for a voice.

「わたし」の心は神なる主である「あなた」とともに歌いたいと考えています。
一緒に歌うことを熱望しているという熱い思いを持っているようです。
声がなかなか出てきません。
声を出そうと努力してみるのですが、努力もむなしく声は出ません。
出したくてもなかなか出てこない様子が、もだえ苦しむという言葉で表せそうです。

試訳
わたしの心はあなたとともに歌いたいと熱望しています。
しかし、声を出そうとどれだけ努力しても、どれだけ苦悶しても声が出ないのです。

gitanjali 3-5

The holy stream of thy music breaks through all stony obstacles and rushes on.

あなたの音楽の 聖なる流れは 妨げる石をも越えて流れてゆきます。

holy stream と表現する音楽は、荘厳で力強いイメージを与えます。
いかに遮られようとも流れていって、あらゆる人々に伝わるようです。
石のように硬く、流れを妨げる大きい障害物でも、勢いよく乗り越えて、伝わります。

荘厳さと力強さが表現できるとよいのですが・・・

あなたの音楽の 聖なる調べは荘厳で、妨げる石をも力強く乗り越えて流れてゆきます。

Gitanjali 3-4

The life breath of thy music runs from sky to sky.

あなたの音楽の息吹は空から空へと駆け抜けていきます。
神なる主である「あなた」の奏でる音楽は地を這うようにではなく、
人ごみをすり抜ける様にではなく、
さわやかな初夏の青空の中で涼やかな風となり、駆け抜けていくようです。

「あなた」の音楽は、人々に清涼感を与え、心を軽やかにしてくれるものでもあったように思えます。
そんな感覚を少し足してみました。

試訳
あなたの音楽の息吹は、爽やかな風となり 空から空へと駆け抜けていきます。

Gitanjali 3-3

The light of thy music illumines the world.

あなたの音楽の光がこの世を照らします
神なる主である「あなた」は「わたし」を使い、この世に音楽を奏でます。
奏でた音楽は単に秩序をもった音の集まりではなく
世の中に希望を与えてくれるものなのでしょう。
暗闇の中に一筋の光が差し込むようなものだと思えたのではないでしょうか。
すこし言葉を足してみたほうがよさそうな気がしてきました。

あなたの奏でる音楽の光は、人々の希望となって、この世を照らします。

Gitanjali 3-2

I ever listen in silent amazement.

聴いたことがない主の声を聴こうとしているのですから、
少なくとも黙って聴こうとしているのでしょう。
「息を潜めて」という表現でもいいかもしれません。
「息を呑んで」ならもっと静かにしようと努力している様子がうかがえます。

でも、amazementはどう捉えたらよいのでしょう。
驚きを意味するこの単語、そのまま訳せば「沈黙の驚き」とでも言うのでしょうか。
もし主の声が聞こえたのであれば、それは驚きですが、主の声は聞こえていません。
びっくりするほどの沈黙
みたいな意味なのでしょうか。

今のところはこんな試訳にとどめておくことにします。
私は いつも息をひそめて 耳を傾けています。

テーマ:詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など - ジャンル:学問・文化・芸術