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19聖書を読むレベル①


昨日は、聖書って結構適当に読んじゃっていいんじゃない?という話をしたのですが、
まあ、それなりに聖書をちゃんと理解してみたいという人のことを考えてみると、聖書を読むレベルが存在しそうです。
聖書を読むレベルが高いから人徳が高いかというとあまり関係がないかもしれませんが、
「おっ、知ってるな」と思う感覚ってあるような気がします。

その聖書を読むレベルについて考えてみることにしましょう。聖書を読むことにレベルがあるのかと思うかもしれませんが、普通の読み物ではないので、Levelに従って理解が進むのだと感じています。
Level1:聖書のどこにどんなことが書いてあるのかなんとなく分かっている
Level2:聖書の一節を読んで思ったことを言い表すことができる
Level3:聖書の一節に関連した他の一節を導き出すことができる
Level4:実生活の中で思い、感じたことが聖書のことばに結び付けて考えられる
Level5:実生活で感じた事と同じことを考えていそうな人物や失敗した聖書の記述を探し出して、自分の行動指針を作り出すことができる。
という感じでしょうか。
<つづく>

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聖書は堅苦しい読み物ですか?


昨日に引き続き、雑談です。
「聖書って堅苦しい読み物ですか?」
と聞かれたら、どう答えましょう?
大きく首を縦に振って「はい!」でしょうか。
「聖書は椅子に正しく腰掛けて読むものですか?日本だったら正座?」
と聞かれたら、
「もちろん」と答えるでしょうか?
ほとんどの方がそう思っているかもしれませんが、
聖書を読んでいるうちに、どうもそんなものではないような気がしています。

聖書の中には様々な人間像が描かれています。
それは読んでいる本人に似た人もいれば、目の前にいる人に似ている人もいます。
そんな人たちの考えが書かれているのですから、もっと、日常に近いものだと思うのです。

聖書に登場する人たちを見ながら、
「あぁ、こいつどうしようもない奴だな、俺だったらもっとうまくやるのに」と思ったり、
「バカな奴、こういう結末になることは最初からわかってただろう」と思ったり、
「この人、ほんとうに一生懸命。何とか助けてあげられればいいのに」と思ったり
「なんで目の前の困っている人を見捨てるの!」て思ったり、
なんかそういう感情が大切なような気がします。

たしかに神さまが登場し、神さまの教えがありと、宗教的な読みものであることは間違いありません。
信仰が深まるに従って読み方が変わることも確かです。
でも、そんな読み方をしなくても、寝転がって、1ページを読んでみて、
「あぁ、こいつ・・・」
それでいいような気がします。

もっともっと、読み込むと、
「神さまは何を言いたいんだろう」、
「わたしはどうしたらいいんだろう」
と考えることになるのですが、
そんなことを気にするよりは、
自分に似た人間を探すような読み方をした方が断然楽しいし、ためになりそうです。

途中の1ページを開いて、よくわからないところは読み飛ばし、
好きなところをちょっとだけ読んでみる。
それでいいと思います。

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テーマ:聖書・キリスト教 - ジャンル:学問・文化・芸術

ありゃま

こんなことってあるんですね。
いろいろと試しながらやっていたら、3日分まとめて公開してしまっていました。気づいた時にはすでに拍手もいただいていて、記事を削除するわけにもいかず、「まぁ、いいか」という感じです。
ちょっと気になるのはよくよく見ると未来の日付なんですよね。
「これってどうなん」と思うのですが・・・。(公開を選んでも未来日を設定できるって、ちょっと。。。)

ついでにちょっとだけ自己紹介をしておきます。
聖書のことばっかり書いているのはクリスチャンだからでした。
ここ10年ほど聖書を読んでいるのですが、どうも読めば読むほどわからなくなる読み物です。
感想を書くようになったきっかけは聖書100週間というプログラムで、
聖書を100週間かけて通読しようというものなのですが、ちゃんと感想をグループの中で発表しないといけないので、
3年間(途中夏休みとかもあるので3年ほどかかりました)毎週よく読んだなと思うくらいです。

数年前に、「聖書ってどんなことを書いているのか説明して」っと言われて、
「うーん、一言ではなかなか」
と思いながら
「じゃあ、1か月ほど書いてみます」
と言って、結局7か月ほど書いて読んでもらってました。
そこから、聖書を読んでは感想を書く日が続いて、何人かの人に読んでもらったりしていたのですが、昨年5月に衝動的にYahooでブログを立ち上げて、そこで、今まで書いてきた分を載せ始めました。
そして11月末に2つ目をFC2で始めて見たのですが、これも衝動的に立ち上げたのでした。


18多様性③


人の意見を聞くのは、人間の多様性を知るためだと考えたらどうでしょう。意見に正解などないはずです。自分にとって、何ら価値を見いださない行動であったとしても、その人にとっては大きな価値を持っている行動かもしれません。多様性があることを知ることによって、自分の視点は広がります。今までないと思っていたところに道が見えてきます。相談をした人より、相談を受けた人の方が気づきが大きかったりすることもあります。それは多様性を認識した証しだと思います。
いろんな価値観を認めることで聖書の読み方は格段に広がります。自分の読み方だけではなく、いろんな人の価値観を理解することで、奥行きが深くなるはずです。とかく他人の話は、アラばかりが目立ち、そのアラを気に留めて、その人の価値観を理解しようと言う気持ちにはなりにくいようです。自分の気づかなかった人間の価値観を一つずつ増やしていくことで、いろんな読み方ができるようになるはずです。
<第18話おわり>

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