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26お勧めの箇所を探してみる⑤


大事なことは自分の気持ちをちゃんと知って読むことだと思います。無理をして読んでも何も残りません。量的なことも考えておきましょう。100ページを超えるイザヤ書のような書もあれば、ヨハネの手紙3のように、1ページで終わる書もあるのです。読みたいとか考えたいという気持ちの強さに合わせて読む箇所を選ぶことも考慮しておきましょう。80年かかりそうなこの計画も意外に早く終わりを迎え、気が付いたら2回目の通読にチャレンジしているような気がします。そして、自分で作ったお勧めランキング表をまだ読んでいない人に教えてあげたり、通読を終わった人と分かち合いをしてみたりすると、またいろんな気づきが得られるような気がします。
<第26話終わり>

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26お勧めの箇所を探してみる④


聞いたことのある名前の人が書かれている書を選ぶ方法もありますが、一書を通して一人の人に焦点を当てていることは少ないので、これだと途中で興味を失うかもしれません。しかし、その場合でも○章×節~△章×節を読んだことと、そのときに思ったことを書き留めてはさんでおきましょう。
旧約39書、新約27書、続編13書なので、1年に1度機会が訪れると79年で通読できることになります。でも通読が進むうちに通読に失敗した書にもう一度チャレンジしてみようとか、前に読んだ書の続きを読みたいとか、まだ読んでいないところを制覇してみようとか思う機会が増えてくるはずです。
<つづく>

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26お勧めの箇所を探してみる③


次の機会がいつ来るのかは誰も知りません。本人すら分かりません。翌日やって来るかもしれませんし、一週間後かも一ヶ月後かもしれません。1年後かも3年後かもしれませんが、その時が来たらまた一書選んで読んでみましょう。その時、読みやすいものを選ぶのがよいと思います。どれがお勧めかは読んだことのある人しか分かりませんので、聖書を通読したことのある人を見つけて質問してみましょう。「聖書の中でどれがおもしろいと思いますか?」「それはどうしてですか?」とか何人かの人に聞いてみるとおすすめランキング表が出来上がることになります。それに従って一書ずつ選んで制覇していけば、比較的読み続けられるようになります。
<つづく>

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26お勧めの箇所を探してみる②


でもやっぱり読んでみたいという気持ちが少しでもあるのなら、チャレンジしてみることは大事なことだと思います。まずは、自分が日頃どれくらいなら頑張れるか、考えてみましょう。一年なら大丈夫という人もいれば、大体は三日坊主という人もいます。全体で3時間が精いっぱいという人もいるかもしれません。でもそんな人でも、創世記だけなら読むことができるでしょう。連続した3時間でなければもっと気が楽です。ただ、読んだ後は、思ったことをメモ用紙に書いておきましょう。文章になっていなくても構いません。単語でも、箇条書きでもよいので、書いて、創世記のタイトルページにでもはさんでおきましょう。タイトルページに鉛筆で日付を書いてその横に「済」と書いておくだけでもいいのですが、次の機会に記憶を呼び起こす種を用意しておきましょう。
<つづく>

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26お勧めの箇所を探してみる①


一生に一度は聖書を通読してみましょうと勧められても、なかなか読み通せるものではありません。
「わたしはクリスチャンだから」という義務感だけでなかなか読めるものではなさそうです。
普通の人なら、いやクリスチャンでも分厚い聖書を目の前にしただけで「もう無理」と弱音を吐いてしまいそうです。
しかも量が多いだけではありません。その量の多さに加えて難解さもあります。
多くの聖書学者が奮闘して取り組んでも、まだ良く分からないところがあるのです。
そして、そもそもこの忙しい日々を過ごす中でたっぷりと時間をとり、心を落ち着けてゆっくり読むということ自体が難しいことなのです。
<つづく>

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25面白くない聖書③


普通の本だと、読み手の意識で読み方が変わることなどあり得ないことなのですが、聖書はどうも違うようです。とくに詩編や詩歌、預言書は神さまの存在を意識しないと読むことができません。創世記は比較的読みやすい書物ですが、比較的神さまの働きかけを明確に書いてある書物です。創世記が聖書の一番初めに置かれてあるのも、神さまの計らいではないかとも思えてきます。
聖書を何度も何度も読むうちに見えていなかったものが見えてきて驚くことがあります。いままで気づかなかったことにはっと気づかされることもあります。この気づきは日常の生活にも反映されていきます。これが聖書を読み続ける原動力になっているような気がします。
<第25話終わり>

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25面白くない聖書②


結構努力して何回か読んでいるうちになんとなく書いてあることが頭の中に入るようになってくるのですが、それでも書いてある意味は分かりません。一旦「ああ、そうか」とわかったようなつもりになっても、また隣の箇所から疑問がふつふつと湧いてきます。
ところが、神さまからの働きかけを意識して理解しようと努めると、言葉がイメージとなって頭の中に映しだされてきます。出来事同士が意外なところでつながっていきます。日常の生活と聖書のことばとが結びつくようになります。
<つづく>

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25面白くない聖書①


「聖書って、読んでもちっとも面白くない」と言われることがあります。それはどうしてでしょう。聖書を読んでいるという人でも、面白くなくてどうしても読めないという箇所があったりします。それはどうしてなのでしょう。
読みにくい箇所としては歴代誌の系図やマタイの1章などがまず挙げられます。ヨシュア記で嗣業の土地を分配するところもなかなか退屈です。律法の規定や氏族ごとの任務などもなかなかのものだと思います。詩編や詩歌、預言書と呼ばれるものも、あまり読みやすくありません。
どうも同じような言葉が並んでいるとしか思えないのです。言葉と言葉が頭の中でうまくつながっていかないのです。出来事と出来事の関係がまったく見えてこないのです。情景をイメージしにくいことも一つの要因かもしれません。一旦情景をイメージしてもそのイメージが流れていかず、ぶつぶつと切れて別のイメージを作っていかないといけなくなるので、すぐに読むのに疲れてしまうのです。
<つづく>

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24好きなみことばを選ぶ③


さらに読み続けると、その想像した登場人物の中に自分の性格が垣間見えるような気がしたのです。聖書が心の鏡になっているのではないかと思えました。自分の性格を文字で表そうと思っても、なかなか言い表しにくいし、自分の考えをさらけ出すのは怖いので、文字にして人に示そうなどと考えることはできなかったでしょう。しかし、聖書の登場人物の像を借りて、自分の気持ちを書き表すことができるのは、とても新鮮でした。
さらに神さまのことが少しでも分かるのではないかと、読み続けるのですが、さすがにそこはベールに包まれているようです。あと何十年か読み続けたら、神さまはそっと教えてくださるかも知れませんが。
<第24話おわり>

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24好きなみことばを選ぶ②


どうやったら好きな聖句を探すことができるのか、何か簡単な方法はないかと考えてみると、聖書を全部読んで探さなくても、自分の共感の持てるところだけを、は自分の好きな聖句を探すことを目的にして読んでみるというのがいいのではないかと思います。
その場所を選ぶ方法の一つに、人から選ぶという方法もあります。洗礼名となっている人物が聖書に登場するなら、その人の好きなところ、自分に似ているところを探し出すと、そこには自分の心に響くみことばがあるかもしれません。
<つづく>

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