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16痛みを理解する③


聖書ではあまり背景が書かれていません。登場人物が考えたことの理由も書かれていません。書いてあったとしても、論理的に理解できる理由ではないことも良くあります。その間を埋めることも大事だと思います。その人がなぜそんなことを考えたのか。考えなければいけなかったのか。そういう風に辿って行くこと、登場人物の行動を多少なりとも理解することができます。
ですから同じ人物の話を読んでも自分自身の気分や状態によって捉え方が変わってきます。自分自身の人に対する接し方、考え方によっても違います。天候や、気温によっても変わるかもしれません。空白の埋め方は人の数だけあるはずです。
これは人の痛みを理解する訓練なんだと思います。人を多面的に捉えてその人の奥底にあるものを理解する訓練だと思っています。わたしには難しすぎて、あと100年あっても訓練が終わることなんてないと思いますが、聖書を読む一つの理由はここにあるような気がします。

<第16話おわり>

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