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8感想を書くこと④


何か一つのことに対して感想を求められた時、何も思い浮かばないということは良くあることです。でも何も感じていないわけではないはずです。単純な喜怒哀楽の感情表現や、温かい、冷たい、固い、柔らかいなどの触覚などは理解しているはずです。しかし感想をと言われた時点でその単純な感覚を持った理由だとか、そのテーマからそう思わせる理由を探そうとして四苦八苦しているのです。たくさんのことを考えることが苦手なのですから、単純に感じたことを単語にして書きだしてみましょう。そして、そこからそれがどうしてなのかを単語で書きだしてみましょう。何度か繰り返していくうちに、一つの現象にいろんな感覚を持っていることが分かってくるはずです。それを整理していけば、自分でさえも気づかなかった感想が見えてくるはずです。
<第8話終わり>


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8感想を書くこと③


素晴らしいアイデアを出そうとすれば、新しい観点を見いだす必要があります。一つのことにこだわっていてはありきたりの答えしか出てきません。ひとつの物事をありとあらゆる方向から見るのです。そのためには、今頭の中に残っていることが邪魔なのです。一旦どこかに吐き出して、頭の中をすっきりさせて、新しい視点を増やしていくのです。買い物で3つの内の1つを忘れるような頭を使っていろんなことを考えようとするのですから、文字に残していろんなことを考える方がいいことは簡単に分かることです。
<つづく>


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8感想を書くこと②


なので、不完全でもいいので、思いついたことはノートに書き留めておく必要があります。それは大事な考えを書き留めておくことを期待しているわけではなく、新しいことを考えるためなのです。
考えていることは意外にたいしたことではなかったりします。でも、自分にとっては大事なことのように思えるので、ずっと覚えておこうとして、何度も何度も繰り返して同じことを発言しようとしてしまうのです。
自分の考えを書きだしましょう。それを目の前に置いておけば安心して次のことを考えることができます。それは単語に過ぎないかもしれません。でもそれは自分にとって大事な表現なのです。
<つづく>


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8感想を書くこと①


人間の頭の中は複雑だと思うのですが、その反面あまり賢くないと思うことがあります。たとえば、何かしようと思って席を立ったのに3歩歩いたら何をしようと思っていたのか忘れてしまったという経験は誰でもありそうです。買い物に行くときに人から頼まれていたものが3つあると、一つぐらいは忘れてしまうとかいうこともよくあることです。話し合いの席上同じことを繰り返す人はいないでしょうか。二人で同じことを言い続けていて全然先に会議が先に進まないという経験をしたことはないでしょうか。
人間の頭はあまり多くのことを考えられないようになっているような気がします。一つのことを思いついてそれを心の中で温めている時は、他のことは考えられないのです。一旦そのことを忘れて、次のことを考えられないことはないのですが、思い出すと言うことがさらに難しいことなので、ちょっと忘れておくということがそう簡単にできるわけではとないのです。
<つづく>


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7聖書を通読する④


配分表を使った聖書で読むときに、できれば前の日や次の日の分まで読むことは避けた方がいいと思います。聖書を理解することよりも先に進むことの方が重要になってしまうからです。
読む箇所を決めずに聖書全部の1339の章の欄を作っておき1日1章もしくは2章と決めて読んでいく方法もあります。通読表を使うのなら実は順番に読む必要もないかもしれません。その日に読みたい箇所を決めて読むという方法でも良いかもしれません。通読表の上に読んだ日をペンで書いておくと、読んだ場所がひと目で分かるようになります。
できれば、読んだ箇所の感想を書いておくと、もう一回通読してみるときや、黙想会、聖書の分かち合いをする時に役に立つはずです。
<第7話おわり>


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7聖書を通読する③


通読表を使う方法もあります。通読表もいろいろありますが、1年で読めるように設定してあると比較的無理なく読めるように思います。例えばモーセ5書、歴史書、詩編、詩歌、預言書、福音書、書簡の7つを曜日ごとにわけて指定された箇所を読んでいくような通読表があります。曜日で読むものが違うので、飽きにくいというメリットはあるかもしれません。ただ気にしておかないといけないのは、読めなかった日がある時です。飛ばすわけにはいかないので、そのジャンルだけは1週遅れで読むしかないでしょう。そのうち、全部が1週遅れになるかもしれませんが・・・。
他にも読む場所を7×52=354に分割してそれぞれの日に読む分量を決めて、順番に並べてある通読表もあります。これだと、順番に読んでいけば良いので、読めない日がある時はそのまま遅れていくということになります。
<つづく>


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7聖書を通読する②


聖書100週間のように制定年代順に読んでいく方法があります。
だいたい聖書の順番通りなのですが、ところどころ順番通りになっていませんし、1週間に読む分量が決まっているので、スケジュール表が必要になってきます。

この方法だと時代の順序が分かりやすいというメリットがあります。預言書の順番は聖書の順番通りではないので、そのためにわかりにくくなっている部分もたしかにあるのです。
一方で、最初から順に読んでいくこの方法だと、今どこの時代で何が起こっているのかということを意識しておかないと理解しにくいこともあります。歴史で習った時代と一致させておくとすこし理解が進むかもしれません。

歴代誌、詩編、シラ書などは分量だけはたくさんあるので、そこは分割して読むようにした方が良いかもしれません。
でもこういう箇所は、人によっては退屈で、一刻も早く抜け去りたいと思うかもしれません。
<つづく>


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7聖書を通読する①


聖書を通読する方法は一つではありません。
創世記の第1章から読み始めてマラキ書まで読み、続編のトビト記からダニエル書補遺までを読み、新約のマタイによる福音書からヨハネの黙示録まで聖書に書いてある順番で読んでいくという方法があります。
(注:カトリックの人なので続編<プロテスタントでは外典>を含めて書いています。)この方法の利点はしおりが1枚あれば読むことができるし、いつどれだけ読むかも自由です。たくさん読みたいと思う日もあれば、1ページも読めない日もあるかもしれませんが、気にせず読んで行くことができます。けれどもその自由さのために、「明日読もう」という気持ちがずっと続いてしまうことがあります。特に聖書の中には、羅列が続いて、読むのが退屈で仕方がない場所もいくつかあります。そんな場所も読まないといけないのですが、だんだん辛くなって、そのうち通読するのも「まあ、いいか」となってしまいます。読めない日があっても仕方がないと思いますが、聖書を開いて、1節だけでも読むようにしようとか、すこし制約をつけておかないと、なかなか通読は終わらないかもしれません。
<つづく>


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6聖書をゆっくり読む③


ゆっくり読むための1つの方法に、自分が登場人物になってしまうという方法があります。
・・・Yahooのブログでは、今このやり方で書いています。・・・もうすぐおわりですけど・・・
そして自分の心の動きを感じて、聖書の答えを導き出してしまおうと言うやり方です。イエスさまが何かを言われたのであれば、その言葉に対する自分の反応を確かめていくのです。誰かの行動に対する気持ちの動きをはっきりさせていくのです。嬉しいと思ったら何に対して嬉しいのかを分析し、怒りが込み上げて来たら何に対して怒っているのかを調べてみます。こうすることによって聖書は自分のことを書いてある本になり、自分の価値観が見えてきます。大切にしていることがそこから分かってくるはずです。聖書を自分の心の鏡にしてみることで、心の目を開いて聖書を読んでみましょう。
<第6話おわり>


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6聖書をゆっくり読む②


そして、一回通読が終わったら、通読の目的は果たしたのですから、もう一度ゆっくり読むことにチャレンジしてください。ノートには気になったことばたくさん書かれているはずですから、その一つに丸を付けて、その言葉を心に留めながらゆっくり読んでいきましょう。一つの疑問を心に留めて聖書を通読していくと疑問に対する何らかの答えが浮かんできます。そうやって何回も何回も通読するのがお勧めです。一つのことを心に留めながら読んでいくと、今までになかったことに気づくことも多いのですが、それこそ終わりのない果てしない作業のように思えてきます。しかし、そんなことはありません。通読を繰り返すうちにどこにどんなことが書いてあるのか分かってきます。何度も読んでいるうちに疑問と答えが結びついてくるようになるのです。やっぱり疑問に対する答えを早く知りたくて先を急いでしまうかもしれませんが、できるだけ急がないようにした方がよさそうです。<つづく>


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