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悲しむ人々は幸い

マタイによる福音書5章4節には
悲しむ人々は、幸いである
その人々は慰められる
という聖句があります。

この聖句に限らずそうなんですが、いくら読んでみても意味が分からない。
この聖句について言えば、悲しいのに何で幸いなんだと思い、何か裏を読まないといけないんじゃないかとかいろいろと頭をひねって考えてしまいます。ただ、時折、日々の出来事によって、「あっ、そうか」と気づくことがあります。

悲しい時のことを考えてみましょう。
悲しむ時、一人の世界に入って落ち込んでいます。
まわりはほとんど見ることができません。
神さまに向かって祈ることすら難しいこともあります。
でも、頑張って祈ってみる。
そして、ちょっと周りを見回してみると、愛する家族や心配してくれる友の姿があり、
あ、私には大切な人がちゃんといるんだ
ということを再認識できます。
これって、すごい恵みかもしれません。

悲しい時は、慰めてくれる大切な人々がいることを認識できる時だったのです。
わたしは一人で生きているからそんな人はいないと思う人もいるかもしれませんが、そんなことはないはずです。自分自身がその人たちを遠ざけようとしているだけかもしれません。もしかするとその人はどこか離れた場所にいるのかもしれませんが、祈りによって慰めてくれる人が必ずいるはずです。
人間は一人で生きることは出来ないようになっているので、自分のこだわりをすべて捨て去ってもう一度周りをみまわしてみると、神さまから遣わされた人がちゃんとそこにいて慰めてくれるはずです。

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